今日の朝刊にちゃんくすを利用している方が記事になって掲載されました。掲載されるといつも反響があります。「読んだよー」「見たよー」とか直接の方もいれば,メールでご連絡していただける方もいます。そんな中,全く知らない場所にも関わらず来ていただいた方もいます。さすが。趣味の世界。記事を読み,写真を見て,すぐに連絡があり来られました。そして,お話しすること1時間くらい。掲載された斎藤くんは自分の作ったモノを評価されること,どんな工夫や知識の中でこれを作成したかを伝えることが大好きです。記事にするとうかがったときは,ご家族にもお話をしましたが,掲載して本当に良かったと今日は思いました。やはり,音が好きでもスピーカーまで作っている人は稀なようで,しかも,段ボールとはっ!て感じらしいです。その道の方にうかがうと,スピーカーを作った方の集まりを教えていただいたり,自分のスピーカーも見に来ても構わない…ということまでうかがいました。広がりますね。世界は。そういえば,その方が教えていただいたのですが,なんと自作スピーカーだけで雑誌もできているとか。さすがです。奥が深い。
先日。「目に見える形での仕事」ということをこのブログで書きましたが,今回は,記事という形で目に見える仕事にしました。しかし,ここはやはり文章にするのは自分でしなくちゃぁね…ということを感じております。
そういえば,このロゴのシールは彼の親戚の方がボランティアで作っていただいたシールです。なんとなく,彼を通じていろんな人が彼のために自分の仕事をぶつけている姿が嬉しくて。そういう協力が今回の記事になったのかなと思います。
それから,思わぬ反響のひとつに「広告出しませんか?」というのもありました。すごいですねー。営業活動素晴らしいです。それくらいでいかなくちゃーです。
2013年2月8日金曜日
イベントがはじまるよー!
今年も神明市がやってくる。昨年は「だるまパン」と「だるまポーチ」を販売したが、今年はそれに「だるま手ぬぐい」と「スーパーだるまボールすくい」をすることにしている。明日から神明市は始まるが、すでに大だるまは設置されて、遠方から来る露天商の人たちも準備をしていた。もともとは商売が繁盛しているかどうかをお殿様が見定めるための催し物だったとか。私たちは、東町町内会さんの場所をお借りして販売しています。また、今年もどんなことがあるか楽しみです。
6月15日…と遠い話ですが、中小企業家同友会の三原支部設立大会があります。この同友会は全国の中小企業を経営する方々の会です。三原は、三原特別地区会という団体でしてが、昨年度に支部会となる50名以上の会員が集まり、晴れて支部会となった設立集会を催します。私は講師係りの班員。講師には三重県から日本酒の酒造メーカーさんの宮崎本店の代表取締役の宮崎由至さんにお越しいただきます。この方は中小企業は「アナログ」と良く言われています。デジタルは同じものがたくさんできないと商売になりません。同じものを同じように作るので、当然コストもかかります。「そこ」にない装置を持ってきて、「そこ」にない材料を持ってきて製品ができあがります。製品ができあがって売れるようになったら、「どこでも」できる産業になります。日本じゃなくても賃金の安い海外に工場を移して製品作りをします。そして、同じ物をできるだけ低価格で作ることになります。
それに対して、中小企業は、「そこ」にある道具や材料を使って製品を作ります。地域のものを使うから、地域に愛されています。ですので「アナログ」だ、と宮崎さんは言われています。それこそが、この時代に生き残っていけるのではないか、地域や行政などと一緒に地域を盛り上げていくことが中小企業にとって大切だ、と言われています。今から楽しみな講演会です。
催し物は他にも、16日に行われる子どもオリンピックでおもちつき。17日には御作事町内さんでお祭り、3月にはウォークラリーも企画しています。また、イベントで三原駅前でお会いしましょう。
6月15日…と遠い話ですが、中小企業家同友会の三原支部設立大会があります。この同友会は全国の中小企業を経営する方々の会です。三原は、三原特別地区会という団体でしてが、昨年度に支部会となる50名以上の会員が集まり、晴れて支部会となった設立集会を催します。私は講師係りの班員。講師には三重県から日本酒の酒造メーカーさんの宮崎本店の代表取締役の宮崎由至さんにお越しいただきます。この方は中小企業は「アナログ」と良く言われています。デジタルは同じものがたくさんできないと商売になりません。同じものを同じように作るので、当然コストもかかります。「そこ」にない装置を持ってきて、「そこ」にない材料を持ってきて製品ができあがります。製品ができあがって売れるようになったら、「どこでも」できる産業になります。日本じゃなくても賃金の安い海外に工場を移して製品作りをします。そして、同じ物をできるだけ低価格で作ることになります。
それに対して、中小企業は、「そこ」にある道具や材料を使って製品を作ります。地域のものを使うから、地域に愛されています。ですので「アナログ」だ、と宮崎さんは言われています。それこそが、この時代に生き残っていけるのではないか、地域や行政などと一緒に地域を盛り上げていくことが中小企業にとって大切だ、と言われています。今から楽しみな講演会です。
催し物は他にも、16日に行われる子どもオリンピックでおもちつき。17日には御作事町内さんでお祭り、3月にはウォークラリーも企画しています。また、イベントで三原駅前でお会いしましょう。
2013年2月3日日曜日
見える仕事にするって
2013年2月2日土曜日
中小企業家同友会研修会in呉
本日は広島県中小企業化同友会の研修会が呉で行われていました。会員である私は三原のいけてる支部長さんとスタッフの計3名で研修に参加してきました。「ビジネスチャンスとしての介護」というタイトルで庄原や総領町で多世代のいろんな方々を交流しながら地域づくりをしている熊原さんが講師でした。現在は高齢化社会です。少子高齢化も進み、都会以外では、地域の中で人を混ぜ合わせようとすると、どうしても高齢者だけが...障がい者だけが...子どもだけが...集まれる場所を作ってしまいます。制度や組織もそのようになっています。介護保険、自立支援など、は高齢者だから、障がい者だから集まれる場を作れます。また、そういうところを利用していれば家族も安心だという意見もあります。しかし、それではもともとあった地域がなくなります。お互いに助け合ったり、face to faceのコミュニケーションも生まれません。そこで、熊原さんはとにかく在宅で暮らせるように環境を整えたり、子どもの見える形で働けるような工夫をしたりと、人が働く上で大切な地域とのコミュニケーションを大切にしていました。見た目では、介護保険の施設や自立支援の施設が乱立しているようですが、そこで交流が生まれるようにしていました。高齢者だからといってケアを受けるのではなく、漁師は漁師のまま、農家は農家のまま人生の終焉を迎えるようにしていきたい、というポリシーがあるように感じました。
その後のグループ討議でもいろんな意見が出ました。中小企業の会社の経営者がほとんどです。自社が、地域づくりにできることを話し合い、とてもいい時間でした。
その後のグループ討議でもいろんな意見が出ました。中小企業の会社の経営者がほとんどです。自社が、地域づくりにできることを話し合い、とてもいい時間でした。
2013年1月31日木曜日
パンを作っています。
神明市が来週末にあります。ちゃんくすからは、昨年も作った「だるまパン」、「神明市手ぬぐい」、「雑貨」、「だるまスーパーボール」などを出店します。現在、だるまパンの試作をしております。昨年も作ったのですが、どうもしっくりきていなかったので少し形を変えております。だいたい一定にはなってきたのですが…。今年初めてこのパン作りに参加する方が「やってみて楽しい」と言っておりました。楽しいことをたくさんしていけるようになればいいなーと思いながらせっせと作っています。ぜひ買いに来てね。
風邪が流行り、インフルエンザや胃腸炎なども多いようです。気をつけて体調管理してください~。
風邪が流行り、インフルエンザや胃腸炎なども多いようです。気をつけて体調管理してください~。
2013年1月27日日曜日
研修会とOTまちコン終了
久しぶりのブログ更新になってしまいました。外は雪。今日は,60名強の参加者がきていただいた広島県作業療法士会東部地区学術部と福利部の企画で研修会とOTまちコンしました。この企画。結構前から企画していました。講師はNPO法人いねいぶるの宮崎さん。あっさりとしゃべる内容ではあったのですが,とにかく練られていて(かなり)戦略的に行政や地域組織と絡み合いながら事業展開していました。
作業に焦点を当てるときは,誰の作業に焦点をあてるのかをいつも考えさせられます。本人の?家族の?まちの?作業療法士の?周囲の支援者の?その時々,状況,問題の内容によって,誰の作業を解決していくかが変わっていきます。
倫理セミナーが県立広島大学で開催されたときに,ケーススタディの中で,倫理的問題を解決するプロセスを学習しましたが,そのプロセスがきっと,この解決に役立つように感じました。
研修会は,「まちの中で作業療法士のできること」というテーマでしたが,市民を対象に作業に焦点をあてた関わりをしようとすると,行政の作業に焦点があうことがあります。市民のニーズと行政のニーズがかけ離れているように感じることもしばしばあります。まちの活性化を考えていこうとすると,市民という主人公が消えてしまうこともあります。
今回の研修会で感じたのは,「ここにある問題を,みんなで感じて,みんなで解決に向かおうとしているシステムを作ろうとしていること」でした。いねいぶるは,それを地域の中で問題を感じて,地域で問題を解決しようとしているな,と思いました。
ちゃんくすでも,社会参加ができないという相談があったり,まちを活性化するために市民を対象にイベントをしています。どうも,最近のちゃんくすは,それを自分の所だけで…とか,昨年はこうしたらか…というところで解決しようとしているように感じました。
自分たちだけでするのではなく,地域で…まちで…。とにかくいろんな人たちと混ざりながらやっていかないといけない。深くそう感じました。
作業に焦点を当てるときは,誰の作業に焦点をあてるのかをいつも考えさせられます。本人の?家族の?まちの?作業療法士の?周囲の支援者の?その時々,状況,問題の内容によって,誰の作業を解決していくかが変わっていきます。
倫理セミナーが県立広島大学で開催されたときに,ケーススタディの中で,倫理的問題を解決するプロセスを学習しましたが,そのプロセスがきっと,この解決に役立つように感じました。
研修会は,「まちの中で作業療法士のできること」というテーマでしたが,市民を対象に作業に焦点をあてた関わりをしようとすると,行政の作業に焦点があうことがあります。市民のニーズと行政のニーズがかけ離れているように感じることもしばしばあります。まちの活性化を考えていこうとすると,市民という主人公が消えてしまうこともあります。
今回の研修会で感じたのは,「ここにある問題を,みんなで感じて,みんなで解決に向かおうとしているシステムを作ろうとしていること」でした。いねいぶるは,それを地域の中で問題を感じて,地域で問題を解決しようとしているな,と思いました。
ちゃんくすでも,社会参加ができないという相談があったり,まちを活性化するために市民を対象にイベントをしています。どうも,最近のちゃんくすは,それを自分の所だけで…とか,昨年はこうしたらか…というところで解決しようとしているように感じました。
自分たちだけでするのではなく,地域で…まちで…。とにかくいろんな人たちと混ざりながらやっていかないといけない。深くそう感じました。
2013年1月3日木曜日
故郷は出掛ける先
あけましておめでとうございます。この年末年始は実家に帰省しました。すでに郷里を離れて15年もの月日が経とうとしています。郷里に帰ったときは,たいがい原点に返る作業をひとつはしてきます。友人と会って話をしたり,飲みに行ったり,以前務めていた病院に行ったりしますが,今回は学舎である九州リハ大に行ってきました。
九州リハ大といっても,現在は4年制の大学に継承されていて,古い学舎(昔の九州労災病院の隣)になります。私が初めてここに行ったのは18歳でした。高校が商業高校だったので,卒業後は,ほとんど就職するのですが,私は何故か就職せず,ボンヤリと違う人生を思い浮かべていました。福祉系の学校に行って,福祉の仕事をしたいとは思っていたのですが,どんな進路があるか分からないときに近所の方に作業療法士の仕事を教えてもらったのが出会いでした。また,その時に祖母が認知症になったのも大きなことでした。
当時,作業療法士になるには,私立はものすごく高い学費でしたが,国立の専門学校はなんと年間の授業料が36,000円!入学金もありませんでした。作業療法士になると決めてからは,人生で一番勉強しました。その時に,初めて行ったのが九州リハ大です。(昔の)九州労災病院を見学して,大学の中を案内されて,こういうところで学ぶことが出来れば…と思いました。とは言え,商業高校で数学も理科も,最低限しか勉強していなかっったので,予備校に行くお金と大学に行ってからの学費くらいは自分で…と思い,働き始めました。
その時に働いたのが,小文字病院。今や北九州市の市議会議員さんになっている中村義雄先生がいたり,シダーというリハビリテーションの部門を会社にして地域で活動している病院が高校卒業後に働き始めた職場でした。働きながら夜は勉強して,みたいなことを数年間してようやく入ったのが九州リハ大でした。18歳に初めてリハ大に入って,入学はその3年後。卒業は24歳。卒業後はリハ大の真下にある精神科の病院で勤めて3年後に広島に来たので,約10年間はリハ大につながる道を通いました。「九労坂」という名称で言われていて,いろんな思い出もある坂道。登り切ると綺麗な桜並木になっています。
そのリハ大も,もう3年制の専門学校という役目を終えようとしています。そして,私が高校の時に祖母が体調を崩したかのように,実家の母も体調を崩しています。自分の子どもがそのお見舞いをして,何か作るか…といって作った1枚のポスター。なんとなく,昔の自分を見たような気がしています。
「帰るところが故郷ではない。出掛ける先を故郷にしなきゃ。」とは永六輔さんの言葉(だったはず)。今の自分を戒めながらこの1年間。やれるところまでやっていこうと。
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